七つの軍、それぞれの勝ち方:Ancient Duelにおける勢力の個性の仕組み
2人のプレイヤーが席に着きます。同じ盤面に、4つのユニットの位置と、指揮官のために空けられた5つ目の位置。同じ40枚のデッキ枚数。蓄積されずに毎ターン回復する、同じ共有のエネルギー。同じ戦闘の比較、1から12までの同じ数値、1ターンに同じ6つのフェイズ。この枠組みは、あなたがどの軍を連れてきたのかを知りもしなければ、気にもしません。
では、違いはいったいどこから生まれるのでしょうか。
安易な答えは、勢力ごとに独自のルールを与えることです。ローマには特別なフェイズを、ペルシアには追加のドローステップを、スパルタには他の全員が従う制限の一部を無視する力を。そうすれば手触りの異なる軍は生まれますが、ゲームは教えられないものになります。二つ目の勢力を覚えることが二冊目のルールブックを覚えることになり、七つ目の勢力と戦うにはそのすべてを知っていなければならないからです。新しい相手と戦うための壁が読書量になるようなゲームにはしたくありませんでした。
もう一つの道は、設計するのははるかに難しく、遊ぶにははるかに優れています。ルールをまったく同じに保ち、カードが何をしたくさせるかを変えるのです。
共通の骨格
七つの軍が実際にどれだけ多くを共有しているかは、具体的に述べておく価値があります。答えは、ほぼすべてだからです。
どの勢力もカードプールに20枚か21枚のカードがあり、おおよそユニット、軍略、戦術に分かれています。どの勢力にも戦術はちょうど5枚あります。どの勢力にも地形軍略が1枚と、ユニットに付ける装備型の軍略が1枚あります。どの勢力にも、デッキから何かを探し出すカードが少なくとも1枚あります。どの勢力にも、一人の指導者を二つの側面から描いた指揮官カードが2枚あり、自分の側で表側にできる指揮官は一度に1枚だけという同じルールがあります。
構造のひな形は7回とも同じです。変わるのはそれぞれの枠に何が入るかで、それで十分だとわかりました。
ルールは何ができるかを、カードは何をしたいかを語る
このゲームで最もわかりやすい例は、2枚存在するカードです。
ローマには「盾の壁の応戦」があります。自分の歩兵が攻撃されたとき、その攻撃を無効にします。スパルタには「戦列死守」があります。自分の歩兵が攻撃されたとき、その攻撃を無効にします。同じ発動条件、同じ効果、同じコストです。勢力は二つ。どちらかの軍をこのカードだけで判断すれば、両者はまったく同じように戦うと結論づけるでしょう。
実際にはそうなりません。そのカードを取り巻くものが違うからです。
ローマの他の戦術は、戦列が存在し続けることをめぐるものです。「予備隊の交代」は、自分の歩兵が戦闘で破壊されたときに発動し、手札から新たな歩兵を守備表示で盤面に出します。「整然たる援護」は、対象の歩兵を守備表示に下げ、そのターンの間、守備力を2上げます。「規律ある前進」は歩兵を逆方向に押し出し、守備表示から攻撃表示にして、そのターンの間、攻撃力を1上げます。ローマのユニットもそれを後押しします。「軍団兵コホルス」は「テストゥド」が表側である限り守備力が上がり、「プリンキペス戦列」は「ハスタティ戦列」をコントロールしている限り攻撃力が上がります。この勢力は同じ問いを繰り返し投げかけます。それは「この戦いに勝てるか」ではなく、「2ターン後も自分の戦列は立っているか」です。
スパルタの他の戦術は、攻撃側にとってやり取りそのものが裏目に出ることをめぐるものです。「一歩も退かず」があれば、戦闘で破壊されるはずだった歩兵は、ただ破壊されません。「反撃の一突き」は、自分の歩兵を倒しきれなかった攻撃ユニットを破壊します。「鉄の意志」は、自分のユニットを対象とする効果を無効にします。「スパルタ王レオニダス」は、守備表示の自分のユニットを、相手の戦術の効果を一切受けないようにします。スパルタの地形である「狭き山道」は、相手が宣言できる攻撃を1ターンに1回に制限します。
同じ攻撃無効のカードが、一方のデッキでは修復の道具になり、もう一方では罠になります。どちらの勢力も、そこにたどり着くのに特別なルールは必要ありませんでした。
個性はラベルではなく、生態系
私は形容詞に合わせて設計することを意図的に避けました。ある勢力を「攻撃的な勢力」と決めてしまうと、攻撃力が高いだけで何も語らないカードの山ができがちで、プレイヤーは軍そのものではなくラベルを覚えることになります。
よりうまくいくのは、互いに関係のない複数のカードが、それぞれ独立して同じ振る舞いへと背中を押すときです。最もわかりやすいのはマケドニアです。そのユニットプールは、歩兵と騎兵がほぼ半々、4体ずつに分かれている唯一の勢力です。そのうえで、「ペゼタイロイのファランクス」は自分がコントロールする他の歩兵または騎兵1体につき攻撃力が上がります。「ヘタイロイ騎兵」は歩兵ユニットをコントロールしている間だけ、より強く攻撃します。「連携突撃」は、歩兵をコントロールしている状態で自分の騎兵が攻撃したときに効果を発揮します。「鉄槌と鉄床」は、歩兵と騎兵を同時にコントロールしているときにだけ、相手ユニットを破壊します。「諸兵科の覇者アレクサンドロス」は、同じ条件で毎ターンカードを1枚ドローさせます。
5枚の異なるカード、3つの異なるカードタイプ、そして繰り返される一つの要求。両兵科を揃えよ、です。マケドニアを説明するのは一枚のカードではなく、そのパターンです。この軍略の名前は、フィリッポス2世とアレクサンドロスのもとでのマケドニアの戦法を指して歴史家が使う言葉から取っています。長槍の戦列が敵を釘付けにし、騎兵が決定的な一撃を加えるという戦法です。しかし、このカードはそれを再現したものではありません。両方を含むデッキを組ませ、そのうえで両方を生かし続けさせる条件なのです。
同じ数値、違うカード
ゲーム全体がコンパクトな尺度で動いているので、勢力の個性をステータスの水増しから生み出すことはできません。そんな余地はないのです。代わりに個性を生むのは、数値が何に結びついているかです。
スパルタの「スキリタイ斥候」とマケドニアの「テッサリア騎兵」は、どちらもレベル2、どちらもエネルギー2で、どちらも守備表示のユニットを攻撃するときに攻撃力が1上がります。テキストはほぼ同じです。しかし一方は、軍略や指揮官が繰り返し「自分の歩兵」と語る勢力の歩兵であり、もう一方は、騎兵が歩兵と並び立つことを見返りの条件とする勢力の騎兵です。同じ能力が、二つの異なる条件の網の中に収まっているのです。
ペルシアの「メディア騎兵」はテッサリア騎兵と同じ3/1の数値で、より単純な効果を持っています。攻撃するたびに、条件なしで攻撃力が2上がります。より強く打ち込み、何にでも倒されます。ローマの「トリアリイ予備隊」とカルタゴの「ポエニ槍衛兵」は、一字一句同じ効果を共有しています。守備表示の自分を攻撃した相手の攻撃力を1下げるというもので、数値はそれぞれ4/4と3/4です。
こうした違いは、ステータスの一覧表の上ではどれも見えません。しかし、テーブルの上ではそのすべてが意味を持ちます。
レンズとしての指揮官
各指導者は2枚の指揮官カードとして存在し、表側にできるのは一度に1枚だけなので、どちらを選ぶかはコレクションではなく本物の決断になります。それ以上に私が興味深いと思うのは、指揮官がその下にある勢力について多くを語ってくれることです。
並べてみると、オーラは特化の度合いのスペクトルを描きます。「大王ダレイオス」は、何の制限もなく自分のユニットの守備力を1上げます。「マケドニア王アレクサンドロス」は、自分の騎兵の攻撃力を上げます。「二国の主ラムセス」は、自分の戦車ユニットの攻撃力を上げます。「帝国の先鋒トラヤヌス」は、自分の歩兵の攻撃力を2上げます。デケバルスも歩兵を強化しますが、1ターンに1度の能力は、フィールドで地形軍略が表側である間しか機能しません。
この最後のものが興味深い形をしています。デケバルスは単にダキアのユニットに見返りを与えるのではなく、まったく別のカード区分を自分の能力の前提条件にしているのです。同じ条件は「山岳槍兵」にもあり、地形軍略が表側である間だけ守備力が上がります。「隠れ峡谷」にもあり、こちらは特に「森の小道」が表側である間だけ攻撃を無効にします。ダキアは、地を確保して守り抜くことがフレーバーテキストではなく、他のカードを起動させるスイッチになっている勢力なのです。
盤面の他のカードの価値を変える指揮官は、攻撃力が大きいだけの指揮官よりも多くの仕事をし、しかも同じ枠を占めるだけです。
軍略と戦術も、ユニットと同じだけ個性を担う
個性がユニットの中にしかなければ、どの勢力も兵士の一覧にすぎなくなります。最も多くを語るのは、むしろユニット以外のカードであることが少なくありません。
私が例に挙げたいのはカルタゴです。繰り返し現れるモチーフは、損失を資源に変えることです。「イベリア傭兵」は戦闘で破壊されたときにカードを1枚ドローさせます。「ポエニの兵站」は、自分のユニットが破壊されたとき、1ターンに1度、ライフを1回復させ、カードを入れ替えさせます。「非情な取引」は、自分の傭兵か騎兵が倒れたときに2枚ドローさせます。それと並んで、何かを持ってくるカードが3枚別々にあります。「傭兵契約」、「槍に銀貨を」、「港湾補給」です。「ヌミディア騎兵」は攻撃後に自動的に守備表示に下がり、「包囲の名手ハンニバル・バルカ」はユニットに任意で同じことをさせます。
そこから浮かび上がるのは、兵を費やすことには平気で、じっとしていることには落ち着かない軍の姿です。歴史上のカルタゴは市民の徴集兵ではなく、傭兵や従属民の部隊で戦いました。デザインはそこから着想を得ていますが、カードが実際に形にしているのは一つの経済です。兵はカードに変わり、カードはさらなる兵に変わるのです。
ペルシアは同じ問題に反対側から取り組みます。損失から利益を得るのではなく、攻撃そのものを起こさせないようにするのです。「矢の幕」は、攻撃を宣言したユニットの攻撃力を3下げます。「矢の雨」は、そのターンの間、表側の相手ユニットすべての攻撃力を2下げます。「整然たる撤退」は対象を守備表示に下げ、攻撃を完全に無効にします。「オアシスの野営地」は、出てくる敵を弱らせます。そして倒れたものについては、墓地が第二の手札になります。「王の道」は1ターンに1度そこから低レベルのユニットを戻し、もう一つの側面のダレイオスも同じことをし、「不死隊近衛兵」は破壊されるとデッキから自らの代わりを呼び出します。
強みは弱みがあってこそ意味を持つ
何でもうまくこなす勢力には、個性ではなく優位しかありません。デザインの面白い部分は、それぞれの軍が何を苦手としているかです。
スパルタは、指揮官以外のユニット9体のうち9体が歩兵で、騎兵はまったくいません。これは見落としではありません。スパルタのデッキは騎兵を軸にした戦略を組めず、諸兵科の連携を求める効果も使えず、機動力の問題は他の方法で解決するか、まったく解決しないかしかないということです。ペルシアはその逆です。戦車、騎兵、射撃歩兵、衛兵、サトラップ、レベル1の伝令と、ゲームで最も幅広いユニットの種類を持ち、純粋な歩兵は2体しかいません。そのため、歩兵を条件とする見返りのいくつかは使えません。
エジプトの条件は、ユニットの種類ではなく自らの軍略に向けられています。「神殿衛兵」は表側の軍略をコントロールしている間だけ守備力が上がり、「ナイル槍兵」は地形軍略が表側である間だけ上がります。「ナイルの守護者ラムセス」は守備表示の自分のユニット1体につきライフを1、最大3まで回復させ、「穀倉の備蓄」はその小型版の効果を持っています。これは守りの盤面を固めることで報われ、速攻の殴り合いを強いられることで罰せられる軍です。相手がいつまでも腰を落ち着けさせてくれなければ、デッキの何枚かのカードは単純に弱くなります。
こうした弱みこそが、適応が存在する理由です。遅かれ早かれ、どのデッキも想定していなかった問題を解決しなければならなくなります。
勢力を混ぜることに代償がある理由
ここで、ほとんどの仕事を静かにこなしているルールが一つあります。カードに別段の記載がない限り、カードの効果は同じ勢力のカードにしか適用されません。「テストゥド」はローマの歩兵を強化します。「狭き山道」はスパルタのユニットを守ります。「鉄槌と鉄床」が確認するのは、任意の2体のユニットではなく、マケドニアの歩兵とマケドニアの騎兵です。
このたった一つの制限が、デッキの構成を形式的なものではなく戦略的な選択にしています。単一デッキは一つの勢力のカード40枚で、すべての条件が同じ方向を向いています。同盟デッキは主勢力から30枚と、一つの同盟勢力から10枚です。連合デッキは3つ以上の勢力を解放すると使えるようになり、3つの勢力に26枚、8枚、6枚と分けます。指揮官は常に主勢力から選ばなければならず、地形を入れるなら、少なくとも1枚は主勢力のものでなければなりません。
だからこそ、その取引ははっきりと見えます。同盟の10枚は、自分の勢力にはできないことをもたらしてくれますが、その代価は二重に払われます。主な作戦にもう貢献しない10枚分の枠と、そのほとんどが勢力の境界を越えて届かない効果群です。連合デッキは道具箱をさらに広げる一方で、中核を26枚に狭めます。一貫した作戦を組み立てるには、決して多い枚数ではありません。
単一デッキのほうが強いとは言いません。より安定しているのであって、それは同じことではありません。正直に言えば、これはデッキを組む人が自らに問いかけ、答えは出さない問いです。柔軟性のために、どれだけの個性を手放す覚悟があるのか。
相手が違えば、問いも違う
非対称性は、あなたが見極めようとしていることを変えます。しかも、何一つ確かなことがわからないうちから変えるのです。
攻撃ユニットを罰する戦術を持つ勢力が相手なら、問いは、見え見えの攻撃が罠ではないかということです。倒れたユニットをカードに変える勢力が相手なら、効率よく交換することが相手に塩を送ることになるかもしれません。いくつものカードが機能するために表側の地形を必要とする軍が相手なら、地形ゾーンを争うことはついでの一手ではなく、相手のエンジンへの攻撃になります。表側にできる地形軍略は一度に1枚だけで、自分の地形を発動すれば相手の地形が破壊されるからです。
そのどれと向き合っているのかを、誰かが教えてくれるわけではありません。手がかりは勢力と盤面、そして証拠が積み上がっていく墓地です。二つ目の軍を覚えるとは、多くの場合、4、5枚のカードから、もう一人のプレイヤーが何を組み上げようとしているのかを見抜けるようになることなのです。
七つの軍、一冊のルールブック
私が実際に作ろうとしていたのは、七つの軍ではありませんでした。一つのルールの中にある、七つの異なる習慣だったのです。
ローマのプレイヤーは、戦列が生き残るかどうかを考えます。スパルタのプレイヤーは、自分への攻撃を誤った選択にすることを考えます。マケドニアのプレイヤーは、二つの兵科を同時に盤面に保つことを考えます。カルタゴのプレイヤーは、倒れたユニットにどれだけの価値があるかを考えます。ペルシアのプレイヤーは、まだ起きていない攻撃のことを考えます。ダキアのプレイヤーは、地のことを考えます。エジプトのプレイヤーは、腰を落ち着けることが許されるかどうかを考えます。
そのどれにも、別のルールブックも、追加のフェイズも、他の誰も持たないステータスも必要ありませんでした。それは、各勢力のカードが繰り返し求めるものと、各勢力がまったくできないことから生まれたのです。
ルールは両方のプレイヤーに、何が可能かを告げます。そのうちどの可能性を求める価値があるかを決めるのは、勢力なのです。
Daniel Rusu
Ancient Duel クリエイター & 開発者