紀元101年 · ダキア、タパエ
トラヤヌスの第一次ダキア戦争で、ローマがダキアの中心部へ続く峠を突破しようとした際に、タパエで再び起きた戦いです。
紀元101年、トラヤヌスはドミティアヌスの取り決めを覆すためにドナウ川を渡りました。ダキアへの道は、13年前にテッティウス・ユリアヌスが突破したのと同じ峠を通っており、デケバルスはその間の平和を、まさにこの時のための備えに費やしていました。
ローマ軍は激戦の末、再び峠を突破しました。カッシウス・ディオは、この戦いを記憶に残るものにした逸話を伝えています。包帯が足りなくなると、トラヤヌスは自らの衣服を裂いて負傷者に与え、戦いの後には戦死者を毎年弔うための祭壇を築くよう命じたというのです。
それはローマの勝利でしたが、高くつき、それだけでは何も決着させませんでした。第一次の戦争は翌年、デケバルスが受け入れながら守らなかった講和条件で終わりました。
第二次タパエの戦いはダキア内陸への道を開き、トラヤヌスの方法の型を定めました。地を突破し、保持し、築き、そして再び戻ってくる、という型です。105年に始まった第二次の戦争が、この戦いで始まったことを完遂しました。
このシナリオは、同じ峠をめぐる二度目の戦いであり、両陣営とも前回何が起きたかを知っています。ダキアは備えを固め、ローマは全力を傾け、より豊かな資源を持っています。
両陣営、指揮官、舞台は史実です。カードとターンの仕組みはゲーム独自のものであり、対戦は長く犠牲の多い戦闘を短くわかりやすくしたものです。